220話その後の一角さん小話。

あれからぐるぐるとあの日の一角さんについて考えてたんですけども、ダダ長いだけで全然まとまらず。そしたらいきなり弓親さんがしゃべってくれたので、そのままお話にしちまうことにしました。ホモ色はないはずw いやまあ、やるなら弓角ですけどね。
というわけで、続きからどうぞ。

LUCKY

 浦原商店の地下空間には、臨時の救護詰所が作られていた。俺を引きずってきた射場さんは戦線に戻り、弓親を抱えてきた檜佐木は、手当てを終えてやはり戦線に復帰していた。地べたに簡単に延べられた床に、俺と弓親は並んで寝かせられている。弓親はよく眠っているようだった。檜佐木の話によると、穿点を使われたらしい。目元の飾りは無残に千切れ、激しい戦いの痕を思わせるけれど。それでも、あいつは勝ったのだと気づいた。自分が守っていた柱のほかに、崩れた気配はなかったから。
『それが、筋を通すっちゅうことじゃ』
射場さんの言葉は、骨身に沁みた。卍解を手に入れた。破面も一体倒した。だから、ずいぶん強くなった気がしてた。あの破面は、疾くなかった。だから、倒せる気がしてた。後は意地だけ。決めていたのだ。人前で卍解は使わないと。
 こうして敗れてみれば、どれだけ自分が思いあがっていたかが判る。確かに卍解できることが隊長になる条件だ。けれど、卍解ができればすなわち隊長格の実力があるということじゃない。狛村隊長の卍解は凄かった。卍解は、できただけでは「上がり」じゃない。そういえば自分は三席だった。そんな当たり前のことを、今更思い知る。
「ん……。あれ。ここドコ? っていうか一角!」
ずぶずぶと沈んでいく思考をぶった切るように、隣で頓狂な声がする。なんだ、元気じゃないか。そうだよな、あいつは勝ったんだし。
「……よォ」
振り向かないまま、返事をする。こちらを覗き込む弓親が、背けた顔に影を作る。

「なーんだ、生きてた」
「悪いか」
「ううん。負けたって聞いたから……死んだのかと、思っただけ」

『死なない限り負けはない』と言ったのは更木隊長だ。弓親の台詞は言外にそれを匂わせている。

「負けたよ、俺ァ。あいつは狛村隊長が倒しちまったし」
「そしたら、狛村隊長に勝てばいいじゃない」
「おいおい、隊長だぞ」
「らしくない台詞だね」
「あァ。……負けたからな」

きりっと、弓親が爪を噛む音が聞こえる。どうしてお前が悔しがる? 負けたのは俺だ。お前は勝ったじゃねぇか。

「ねぇ一角」
「おぶっ」

意識的に合わせなかった顔を、胸倉を掴んで覗かれる。

「何すンだてめェ」
「楽しかった?」
「……へ?」
「この戦い、楽しんだかって訊いてるのさ」

口元に笑みを刷いた弓親が、静かに俺を見つめている。楽しんだかって? 今更何を言ってやがる。

「決まってるだろ、そんなもん」
「嘘つき」
「なんだと?」
卍解、しなかったじゃない」
「俺が卍解しねェ訳は、お前も知ってるだろが」
「知ってるよ。でも、したかったらするでしょ」
「しねェよ」
「したじゃない」
「あれは……っ」

あいつ――ポウは、鈍かった。動きも、思考も。見えない攻撃はなかった。大半を躱したし、受けきれた筈だった。ただ、やたらと重かった。数にしたら数発、受けただけだ。それも、まともに食らったわけではなく。構えた上から押し飛ばされただけ。その一発が、足にきた。もう一発受けたら、腕が痺れた。それでも戦える筈だった。卍解さえ、使えれば。
 人目があった。だから使わない。そう思っていた。けれど弓親に言われて、それは思い違いだと悟る。負け惜しみで叫んだ台詞、それこそが真実だったのだ。
『てめェみてェなザコに』
ただ重いだけの、単調な攻撃。太い丸太をのろのろと振り回しているだけだ。当たらなければどうということはない。全部見えていたから、ナメていた。

 こんなヤツに。

 こんな、何もできないヤツに。

 こんな、俺を楽しませない、ヤツに。

 ――卍解など、してやるものか。

射場さんの言うことはもっともだ。これは任務で、遊びじゃない。だけど俺は、更木隊の人間だ。楽しめない戦いに、本気になれない。

「僕はね、楽しかったよ」
「そうだろうな。笑い声がこっちまで聞こえたぜ」
「あれは……ね。確かに面白かったけど。楽しめた理由はそこじゃないよ」
「なんだよ」
「久々に、全力で戦えたから」

うっすらと、弓親が微笑む。勝てば酔えるか? こんな風に。それは違うと、囁く声。更木隊長とやるのは楽しかった。一護の野郎とも、射場さんとも、勝っても負けても楽しかった。エドラドとだって。どうなってもいいくらい、楽しかった。

「相手が悪かった?」
「そうじゃねぇ」
「シゴトがイヤだった?」
「違う」
「じゃあ、どうして?」
「……つまんなかったんだよ。てめェの言うとおりだ」

卍解さえすれば勝てるという驕りもあった。噛みあわない反応に苛立ってもいた。人目も気になった。……勝てる訳がねぇな、こんなんじゃ。

「つまんねぇ戦いで負けて、ますますつまんねぇよ」
「まったくだね。いつからそんなつまんない男になったのかって、僕、悔しくって」
「ンだと!」
「つまんない戦い方して、そのまま負けて死んじゃってたら。絶対許さないとこだったよ」
「……弓親」

檜佐木はなんて言ってたっけ。俺が負けたのを知って、半狂乱だったから眠らせたとか、そんなことを言ってなかったか。

「心配かけたな」
「何言ってんの。僕が一角の心配なんかするわけないでしょ」
「いつか見せろよ。お前の全力」
「イヤだね」
「なんでだ」
「僕の本気は美しいものにしか見せないの」
「へぇ。今日の敵はウツクシかったのか」
「ばっ……! 一角はどうしてアレが美しいと思うわけ!」
「見てねえよ。お前が今そう言ったんだろうが」
「あんな醜いもののこと思い出させないでよ! バカ!」
「知らねぇっつってんだろ!」

俺が弓親の髪を引っつかみ、弓親は俺の頬をぐりぐりと引っ張り。一触即発になって、慌てて四番隊が飛んできた。

「安静にしててください!」
「「だって、こいつが!」」

同時に叫んで、同時に吹き出した。まとめて床に押し戻される。笑うと少し、傷口が痛い。

「強くなりてェな」
「そんなの、いつもだろ」
「違いねェ」

まだ超えられないヤツがいる。更木隊長だけじゃなく。死なない限り負けはねぇと、今まで思ってきたけれど。少し、変えようと思う。楽しめたら勝ち、だ。ごめんな射場さん。どうしたって俺は、十一番隊の人間らしい。

「一角がもっと強くなったら、見せてあげてもいいよ」
「へぇ。大きく出たな」
「ナメられたくないからね」
「ま、楽しみにしてるぜ」

弓親のおかげで腑に落ちたから、今の言葉の裏は問わないことにする。ひとつ、楽しみが増えただけ。今は、それだけでいいと思った。

<FIN>

というわけでした。これを書いて腑に落ちたのは、実は自分だったりします。あの射場さんのお説教は確かに正論なんだけど、一角さんが飲み込むにはらしくないよな、という辺りが出発点。あのお説教に納得すれば隊長フラグなんだろうけどなー。一角さんはどうにも、更木隊長の影に縛られてる印象があって。射場さんはそこを突いたんだと思ってるんですが、だからといってはいそうですかと捨てられる影響ではなく。ただ、痛いところを突かれたのには違いないので、考え込みはするだろうけど。
そんでね、脳内の弓親さんが言ったわけ。「楽しかった?」って。楽しそうに戦ってたら隊葬の準備をする人が、あんなに取り乱すのも妙かな、と。で、こんな結論になりました。
最後の弓親さんの台詞は、もっと強くなったらカタチにこだわらなくなるだろう、みたいな意味を込めています。一角さんが気づいたかどうかは知らんけどw